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横浜地方裁判所 平成9年(ヨ)471号 決定

債権者

今野久

右代理人弁護士

伊藤幹郎

横山國男

岡田尚

小島周一

三木恵美子

芳野直子

井上啓

杉本朗

山崎健一

小川直人

債務者

医療法人社団聖仁会

右代表者理事長

小林正義

右代理人弁護士

岡田優

右当事者間の頭書事件について、当裁判所は、平成一〇年一月二六日審理終結した上、次のとおり決定する。

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成九年二月二日から本案の第一審判決言渡しの日まで、毎月二五日限り、一か月三八万〇三七七円の割合による金員を仮に支払え。

二  債務(ママ)者のその余の申立てをいずれも却下する。

三  申立て費用は債務者の負担とする。

事実及び理由の要旨

第一本件申立て

債権者は、債権者は債務者に雇用されていた者であるところ、債務者が平成九年一月三一日付けで解雇したとしてその地位を否認していると主張して、債権者が債務者に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、右解雇の意思表示が債権者に到達した日である同年二月二日から本案判決の確定に至るまで、毎月二五日限り、一か月三八万〇三七七円(平均賃金相当額)を仮に支払うことを求めている。

第二事案の概要

一 争いのない事実及び確実な書証(疎明資料)により明らかに認められる事実

1 債権者は、申立外医療法人社団至恩会(至恩会という。)の経営する横浜甦生病院(甦生病院という。)において放射線技師として雇用されていた。

2 債権者は、平成八年三月一五日横浜地方裁判所に対し、債務者を被告として、債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求めるとともに、債務者に対し、平成七年七月一七日以降毎月二五日限り一か月三八万〇三七七円の割合による金員の支払いを求める訴訟(横浜地方裁判所平成八年(ワ)第八五五号地位確認等請求事件。前訴本案事件という。)を提起した。右訴訟において、債権者は要旨次のとおり請求原因として主張した。

(当事者)

(一) 債務者は、甦生病院の経営を引き継いだ医療法人社団であり、債権者は、右経営引継ぎ後債務者に引き続き雇用されていた。

(解雇)

(二) 債権者は、平成七年七月一四日甦生病院の丸山事務次長(丸山次長という。)から、「技師の手配がついたので来週より出勤しなくてもよい」と解雇を言い渡され、同月一七日以降就労を拒否されている(この解雇を第一次解雇という。)。

(解雇に至る経緯)

(三)(1) 甦生病院は、瀬谷中央病院が倒産後、瀬谷中央病院労働組合(組合という。)が中心となって新たな経営者至恩会を探し出して再建された病院である。平成七年三月に至恩会の経営全体が行き詰まり、甦生病院の土地建物(本件物件という。)の競売事件において、債務者が甦生病院経営を引き継ぐ意図で同年四月に本件物件を落札して売却許可決定を受けた。なお、これに先立って、同年二月一日に開催された債務者の社員総会において、至恩会の理事長で平成三年一一月から甦生病院に院長として勤務している高野正孝が債務者の理事及び甦生病院の管理者に選任されている。

(2) 債務者の事務局長である瓦井洋(瓦井という。)は、平成七年四月二一日甦生病院の職員全員を集めて、債務者による甦生病院の新しい経営について説明会を開催し、同年五月一日から債務者が至恩会に肩代わりして経営を行うことを明らかにするとともに、債務者の医療方針、指針等を開陳した。

(3) 瓦井は、同年五月一日の朝礼において、職員の前で、「私は聖仁会から一切の経営権、人事権を任されている。」「瀬谷中央病院時代から労働組合があるようですが、私は組合を認めません。」などと発言した。

(4) 組合の委員長である浅野健治及び書記長である債権者は、同年五月一〇日至恩会の有川理事から「債務者から辞めてもらえないかとの話があるが、どうするか。」と言われ、両名とも辞めるつもりはない旨答えたが、有川理事は、甦生病院の経営が同月一日から債務者に委譲されていることを確認し、その旨記載された確認書に署名捺印して、債権者に交付した。

(5) 同月一六日、組合と債務者との間の団体交渉が行われ、債務者からは、瓦井事務局長、丸山次長、田中医事課長が出席した。瓦井から債務者の就業規則、賃金規則の説明がなされ、組合側から病院の全職員の継続雇用の要求がなされた。瓦井は、右要求に難色を示したものの、最終的には債務者が全職員を引き継ぐことが合意され、浅野委員長と債権者の雇用継続も確認され、病院職員に対する就業規則や職員の個人面接の日程が決められた。

(6) 五月二三、二四日の両日、瓦井により就業規則の説明がなされた。同月二四日には、債権者の個人面接があり、瓦井からは賃金規定が示されて、主として賃金の話があり、債権者からは、債務者の他の病院を見学したい旨の要望をしたり、他の病院から技師の支援内容について尋ねたりし、更に、債権者は、引き続き組合活動を続けていく旨伝えた。そして、その際、瓦井から雇用契約条件提示書(〈1〉雇用予定日・平成七年五月一日、〈2〉所属部署・放射線科、〈3〉賃金・基本給、基準内賃金を加えて三八万円と記載されていた。)を交付された。債権者は、右雇用契約条件提示書に署名捺印して債務者宛に提出し、併せて、債務者から交付された債務者の理事長宛の誓約書(「私は、医療法人聖仁会に職員として採用されました。ついては、貴院職員就業規則その他の諸規定、命令を尊重し、誠実に勤務に精勤することを制約いたします。」と記載されていた。)に、本籍、住所、生年月日を記載して、署名捺印して債務者宛に提出した。

(7) 同年六月五日の団体交渉で、組合から賃上げ要求、夏季一時金要求をした。同月九日瓦井は、主任以上の責任者会議を開催して、その席上組合の要求書を配布して、この要求書を債務者の理事会に報告したところ、こんな要求を出す組合があるようでは債務者は撤退すべきだ、今までの契約は全て白紙に戻して再度面接を行い、組合員は採用しないなどと発言した。放射線科主任として出席していた債権者は、不当労働行為であると指摘して発言の中止を求めたが、聞き入れられなかった。

(8) 同年六月一〇日、甦生病院の職員七八名が出席して職員総会が開催され、組合の執行部に組合の自主的解散を要求することを決議した。そして、同日職員代表者が浅野委員長らに対し、組合の自主的解散を要求した。その後、浅野委員長、債権者(書記長)、元執行委員の鎌田アサ(鎌田という。)以外の組合員は組合を脱退した。同月二一日、職員代表が、職員九〇名が連署したという組合解散賛同書が添付された要求書を浅野委員長に提出して、組合の自主的解散を要求した。

(9) 同月一六日、有川理事が組合事務所を訪れ、浅野委員長、債権者及び鎌田に対し、三名は債務者が採用しない、退職金は後日提示する旨話して退職を勧めたが、債権者はこれを拒否した。しかして、同月二三日、至恩会名で甦生病院の全職員に対し、「至恩会では、甦生病院の運営を続けることができなくなりました。平成七年七月一五日付けで至恩会東京本部で勤務するか退職するか選択して下さい。」旨記載された通知書が、退職届、勤務地変更承諾書とともに送付された。しかし、浅野委員長、債権者及び鎌田についてだけは、通知書に退職金の金額が記載されていなかった。

(10) 甦生病院の全職員九六名中九一名は至恩会から送付された平成七年七月一五日付けで退職する旨の退職届を至恩会に提出し、引き続き債務者に採用されたことにして、病院に勤務している。浅野委員長及び鎌田を含む四名は自主的に退職した。

債権者は、同年七月六日付け内容証明郵便にて至恩会に対し、債権者が債務者の職員であって至恩会とは雇用関係がない旨の回答をし、引き続き甦生病院に勤務してした。ところが、前記のとおり、同月一四日、丸山次長から解雇の通告をされたものである。これに対し、債権者は、承知できないこと及びそのことを文書化するように求めたが、拒否されたので、解雇理由について瓦井が責任者会議で言っていた組合員は採用しないということかと尋ねたところ、丸山次長はそれでよい旨答えた。

(解雇の無効・解雇権の濫用)

(四) 本件解雇は、正当な解雇事由がなく、解雇権の濫用として無効である。

(解雇の無効・不当労働行為)

(五) 本件解雇の真の理由は、組合の存在及びその活動を嫌悪する債務者が組合の書記長として活動の中心であった債権者を嫌悪し、職場から排除しようとして行ったことは、右解雇に至る経過事実からも明らかである。したがって、右解雇は、労働組合法七条一条(ママ)三号の不当労働行為であって、無効である。

(地位確認と賃金請求)

(六) 以上のとおり、債権者は債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあるところ、債権者の解雇前三か月の平均賃金額は、月額三八万〇三七七円である。債務者の賃金の計算期間は、前月二一日から当月二〇日までの分を一か月分として当月二五日に支給されることになっている。

3 債務者は、平成八年一二月一六日の前訴本案事件の口頭弁論期日において、債権者の請求を認諾し、同月一九日に右請求の認諾が記載された口頭弁論調書が作成された。

4 債務者は、平成九年二月一日、債権者に対し、「就業規則一四条二項、五項の規定により、平成五年一月三一日付けで解雇する」旨の解雇通知を発送し、右書面は同年二月二日に債権者に到達した。

5 債務者の就業規則には、次のとおりの規定がある。

解雇

一四条 職員が次の各項に該当するときは解雇する。

〈2〉 勤務成績が著しく不良のとき。

〈5〉 その他、前項に準ずる程度の事由があるとき。

(〈1〉、〈3〉及び〈4〉省略)

懲戒解雇

六一条 次の各項に該当するときは懲戒解雇に処する。

〈1〉正当な理由がなく、又はその届出を怠り、連続一四日以上の欠勤をしたとき。

(〈2〉ないし〈10〉省略)

6 債務者の給与の支払方法は、前月一六日から当月一五日までを一か月分とし、これを当月二五日に支払うというものである。

二 争点及びこれに関する当事者の主張

1 争点一

債権者には、解雇されるべき事由が認められるか、否か。

(一) 債務者の主張

(1) 債務者が前訴本案事件の債権者の請求を認諾したことにより、債権者と債務者との間には雇用契約(労働契約)が存在することになり、債務者は債権者に対して雇用契約上の義務(給与支払い義務等)を負うことになるが、債権者も債務者に対し、雇用契約上の義務(労務の提供義務等)を負うことになるのは当然のことである。

債権者が債務者に対して負う雇用契約上の義務のうち、最も重要な義務は労務の提供であるが、就業規則を遵守し、債務者や上司の業務命令に従うことも、この雇用契約から発生する義務であることはいうまでもない。したがって、債権者と債務者との間で雇用契約の存在が確認された以上、債権者は債務者に対し、労務を提供し、債務者の就業規則を守り、業務命令に従う義務を負うことになることも当然のことである。

(2) 債権者は、債務者に対し、債務者が請求を認諾した日の翌日である平成八年一二月一七日から労務の提供義務を負担する。債権者は、債務者に対し、労務の提供(出勤)は、平成九年一月二〇日からとし、その間は「労働をしないが、賃金を支払え。」というような非常識な要求をした。債務者は、この要求を断ったが、債権者の立場も考え、債権者に対し、平成八年一二月一七日から同年一二月二〇日までは出勤(労務の提供)を猶予し、その間は有給とするものの、有給休暇を消化したものとはしないこと、それ以降休暇を取る場合は有給休暇の消化とし、届出を行えば休暇を認めるということにした。そこで、債務者は、同月一八日債権者に対し、「〈1〉平成九年一二月二一日から職場復帰すること。〈2〉同月二一日以降就労しない場合は欠勤扱いとする。〈3〉年次有給休暇を消化する場合は届出を行うこと。〈4〉届け出なく就労しない場合は欠勤扱いとする。」との業務命令を発した。

(3) しかるに、債権者は、同月二一日以降も労務の提供を全く行わず、職場復帰しなかった。債権者は、同月分の給与を受取りに同月二五日に甦生病院に来たが、債務者の久保事務長らが今後の勤務表等の話をしても全く耳を貸そうとはせず、給与をもらうとさっさと帰宅してしまったのである。

(4) 債権者は、その後も出勤せず、債務者は、債権者に対し、再三にわたって労務の提供を要請したが、債権者はこれに応じようとしなかった。そこで、債務者は、債権者に対し、平成九年一月六日付け内容証明郵便により、これ以上無断欠勤が継続されるようであれば、労働契約を解除する旨の通知をした。しかし、債権者は、これらの要請や通知にもかかわらず、甦生病院に出勤することも、就労することもしなかったのである。しかして、債権者は、同月二四日になって同月分の給与を受取りに甦生病院へ来たが、債務者が提示した給与を受け取ることなく、また、労務の提供もせずに帰宅した。

(5) 以上のように、債権者は、債務者の業務命令にもかかわらず、平成九年一月二五日以降も甦生病院に出勤せず、労務の提供を全くしなかったのである。

(6) 債権者の右のような行為は、就業規則一六条〈1〉所定の懲戒解雇事由である「正当な理由がなく、又はその届出を怠り、連続一四日以上の欠勤をしたとき」に該当するが、解雇事由を定める同一四条の〈2〉「勤務成績が著しく不良のとき」及び同条〈5〉の「その他、前項に準ずる程度の事由があるとき。」に該当することも明白であるから、債務者は、同条〈2〉及び〈5〉に基づき、同一五条所定の解雇予告手当を支払うこととして、債権者を解雇したのである。

(二) 債権者の主張

(1) 債権者は、組合が債務者の切り崩しにあって組合員が債権者一人となり、組合活動ができなくなったため、平成七年一一月一五日新たに個人加盟の労働組合である横浜地域労働組合(横浜労組という。)に加入した。

(2) 債務者は、平成八年一二月一六日前訴本案事件の請求を認諾した後、横浜地方裁判所の廊下で、債権者に対し、翌日から直ちに出勤するよう業務命令と称する通告をし、債権者や横浜労組組合員の抗議にあってこれを撤回した。

翌一七日、債権者及び横浜労組(併せて債権者側という。)と債務者の団体交渉が行われ、横浜労組側は、債権者の未払給与(平成八年昇給分、平成七年夏季以降の一時金)の支払及び職場復帰に関する条件(地位、労働条件の細目、就労日)等についての要求書を提出し、久保事務長も復帰の条件を提示することを約束した。

(3) ところが、同月一八日に債権者が甦生病院に労働条件提示書を取りに行ったところ、久保事務長は、「一時金支払い、その他条件提示書」等と一緒に「業務命令」と題した書面をも渡した。その文書には、「〈1〉平成九年一二月二一日から職場復帰すること。〈2〉同月二一日以降就労しない場合は欠勤扱いとする。〈3〉年次有給休暇を消化する場合は届出を行うこと。〈4〉届出なく就労しない場合は欠勤扱いとする。」と記載してあった。

(4) 同月二〇日の団体交渉で、横浜労組は、業務命令の白紙撤回ないし棚上げを求め、又、債務者の提示した前記復職条件(〈1〉平成八年度の定期昇給一〇〇〇円、〈2〉過去の一時金の支払いは六回の分割払い)について交渉した。横浜労組は、定期昇給一〇〇〇円はあまりにも低いので、根拠となる資料の開示を求め、一時金については支払方法の改善を求めた。しかし、債務者は、この横浜労組の要求に耳を傾けず、一方的に発した業務命令の白紙撤回を拒否したため、交渉はまとまらず、その日の交渉は終わった。

(5) 横浜労組は、同月二六日神奈川県地方労働委員会(地労委という。)に団体交渉促進のあっせんの申請をしたが、債務者は、翌二七日にあっせんに応じない旨の回答を地労委にした。そこで、横浜労組は、団体交渉の再開を求めて同日付けで債務者に通告書を発した。この通告書には、債権者は職場復帰の条件について合意に達すればいつでも出勤できる態勢にあること及び一〇〇〇円の定期昇給は認められないことを述べている。これに対し、債務者は、平成九年一月六日に、届け出なく欠勤が続く場合、就業規則により然るべき処置をとらざるを得なくなるとの通知を債権者にした。

(6) 三回目の団体交渉は、平成九年一月一四日に地労委において行われた。しかし、債務者の主張が変わらなかったため、交渉は物別れに終わった。このため、横浜労組は、債権者に対する再解雇もあり得ると考え、同日一八日地労委に対し、「本件審査手続が終了するまでの間、業務命令に従わないことを理由に解雇等の不利益処分をしてはならない」との実効確保の措置勧告の申立てをするとともに、債務者に対して再度内容証明郵便を発して、債権者が早期の職場復帰を望んでいることを明確に伝え、そのための話し合いを早急に再開するように求めた。

(7) 同月二四日は、一月分給与の支払日なので、債権者が給与の受取りに甦生病院に行ったところ、債務者は賃金全額(三八万円)を支払おうとせず、債権者が一二月一六日から就労せず、有給休暇を充てても足りず、足らない分は欠勤として扱い給与は支払えないので、その分を差し引いた残額を支払うとのことで、八万円のみを支払おうとした。債権者は、有給休暇について話し合っていないし、まして、申告もしていないので受取りを拒否し、その日は団体交渉申入書を債務者の総務課長に渡して帰った。

(8) 前期実効確保の措置勧告申立ての調査期日は、債務者側の都合で同年二月三日に予定されていたところ、債務者は、その直前である同年一月三一日付けで本件解雇通知を発し、右通知は、同年二月二日債権者に到達したのである。

(9) ところで、債務者が主張する解雇事由は、「勤務成績が不良のとき」であるが、その内容は、債権者が平成八年一二月二一日から同九年一月三〇日までの間無断欠勤していたというにある。しかし、本件は通常の無届による欠勤ではない。債権者は、職場復帰の条件が合意できれば就労することは団体交渉の席でも、二度の内容証明郵便でも債務者に対して明確に意思表明している。

債権者が職場復帰する重要な条件である賃金の確定について、債務者は平成八年度の昇給額を一〇〇〇円と主張して譲らなかったし、過去の未払賃金である四期分の一時金については、合意された支給額合計一一四万円を六回の月賦という非常識な提案をしている。債権者側と債務者との間で、債権者の職場復帰を前提とする労働条件が合意できなかったのは、債務者側の責任であり、話し合いや団体交渉を一方的に打ち切ったのも債務者側なのである。債権者としては、このような経緯では就労できないのが当然である。したがって、このような場合は就業規則一六条〈1〉の「無断欠勤」には該当しないし、同一四条〈2〉の「勤務成績が著しく不良」ということもできない。

また、以上の経緯からすれば債務者の就労を命じる業務命令は正当なものではなく、これに従わないことを理由に解雇することはできないから、就業規則一四条〈5〉の「その他、前項に準ずる程度の事由があるとき」にも該当しない。

2 争点二

本件解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効といえるか、否か

(一) 債権者の主張

債権者には、解雇の正当の事由がないから、本件解雇は、解雇権の濫用として無効である。

(二) 債務者の主張

債権者の右主張を争う。

3 争点三

本件解雇は、不当労働行為として、無効といえるか、否か。

(一) 債権者の主張

債務者の労働組合嫌いは、第一次解雇から一貫したものである。債務者は、本件解雇においても、第一次解雇では裁判で勝訴する見込みがないと判断し、一方的に請求の認諾をして、債権者を甦生病院内に取り込んでしまい、そこで嫌がらせや差別を行い、退職に追い込もうと企図したものである。

債権者は、横浜労組に加入し、それを盾として職場復帰についても労働条件を明確にすることを要求し、かつ、今後の労働条件についても横浜労組との団体交渉によって協議決定することを求めたのである。そして、現に、その後も横浜労組が粘り強く団体交渉を要求し、様々な手を打ってきたため、債務者は横浜労組及びその組合員として活動する債権者を嫌悪して、債権者が一か月余り就労していないことを口実にして、再解雇にふみ切ったのである。よって、本件解雇は、労働組合法七条一号に該当する不当労働行為として、無効である。

(二) 債務者の主張

債権者の右主張を争う。

「債務者の労働組合嫌い」とか「債権者を甦生病院内に取り込んでしまい、そこで嫌がらせや差別を行い、退職に追い込もうと企図した」とか、「組合員として活動する債権者を嫌悪して」等の主張は、債権者の被害妄想から出たものである。問題は、債権者が平成八年一二月一六日以降、債務者の従業員として具体的にどういうことをしてきたかということであり、債務者が既に主張したとおり、債権者が甦生病院に来たのはわずか数度であり、しかも、勤務もしていないにもかかわらず、給料を受取りに来ただけなのである。

4 争点四

保全の必要性があるか、否か。

第三争点に対する判断

一 争点一について

1 前記第二の一の各事実に疎明資料を併せると、次の各事実が一応認められる。

(一) 債務者は、平成八年一二月一六日の前訴本案事件の口頭弁論期日において請求を認諾した後、横浜地方裁判所の廊下において、右事件の代理人であった岡田優弁護士から債権者に対し、翌一七日から勤務に就くようにとの業務命令を伝えた。債権者からは、種々あるので有給休暇を使って勤務しないとの応答があり、更に、認諾後第一回目の団体交渉の申入れがあり、債務者側は、これに応じることとし、時刻を翌一七日午後六時と指定した。(〈証拠略〉)

(二) 翌一七日に債権者側と債務者との団体交渉が開かれた。この席で、債権者側から、〈1〉前訴本案事件係属中の問題に関する事項として、債権者の未払賃金の支払い(平成八年度昇給分及び平成七年度夏季以降の一時金)、社会保険及び労働保険の取り扱い等、〈2〉職場復帰(就労)問題に関する事項として、復帰後の地位、職種について、労働条件に関する細目について、復帰(就労)日について、不利益取り扱いの禁止、今後の労使関係について等の交渉事項が文書で示された。債務者は、この席においても、翌一八日からの速やかな就労を命じたが、債権者側は、主として復帰後の給与と一時金の金額等の労働条件が明確でない等と主張して、同日からの就労を拒否し、翌平成九年一月二〇日から就労したいとの希望を述べた(なお、債権者側の右希望は、給与計算期間の起算日を毎月二〇日であると誤解したものである。)。債務者と債権者側は、第二回目の団体交渉を一二月二〇日に行うことを合意するとともに、債務者は、翌一八日に労働条件提示に関する書面を債権者に交付することを約束した。(〈証拠略〉)

(三) 債権者は、翌一八日甦生病院に行き、債務者から債権者に対し、雇用契約条件提示書(基本給二二万三一〇〇円、基準内賃金九万五〇〇〇円の月額給与合計三一万八一〇〇円のほかに法定の時間外手当、当直手当及び交通費が支給される。)、一時金・その他条件提示書(平成七年夏季以降の一時金として合計一一四万円を六回の分割(二〇万円ずつ五回、一四万円を一回)で、平成九年一月から毎月末日に振込む。社会保険・労働保険の取り扱いについては事前に遡り他職員と変わりなく取り扱う。)を交付するとともに、同月二一日から勤務に就くよう命じる業務命令を発した。(〈証拠略〉)

(四) 同月二〇日に第二回目の団体交渉が行われた。債権者側の横浜労組執行委員長佐藤友吉から、勤務開始日についての債務者の考えは分かった旨、債権者側の希望は、あくまでも翌平成九年の一月一六日(給与計算の起算日)であるが、条件が整えば少し早く就労してもよい旨、昇給額については他の職員の昇給額が分からないのでコメントできない旨、一時金は金額についてはやむを得ないとしても、一括払いを希望する旨の意見の表明があった。これに対し、債務者から、提示した条件の変更は困難との主張があった。なお、この席上、債務者は、債権者側に対し、債権者の就労日は平成八年一二月二一日である旨、何回も告知し、併せて、届け出なく就労しなかった場合は欠勤扱いする旨通告した。(〈証拠略〉)

(五) 債権者は、同月二五日が同月分給与の支給日であったことから、同日甦生病院に給与の受取りに言った。久保事務長は、債権者に対し、同月分給与(右の提示額)三八万一〇〇〇円に同年四月から同年一一月までの間の昇給分差額合計八〇〇〇円を加算して支給したところ、債権者は、昇給分差額については異議を留めつつも、右合計三八万九〇〇〇円を受領した。(〈証拠略〉)

(六) 債権者側は、同年一二月二六日地労委に対し、団体交渉促進の目的であっせんの申請をした。しかし、債務者は、同月中の予定が詰まっていてあっせんに応じる時間的余裕がなかったことから、同月二七日、このあっせんに応じない旨の回答をした。(〈証拠略〉)

(七) 債権者側は、団体交渉の再開を求めて債務者に対し、同月二七日付け内容証明郵便により、〈1〉債権者は、職場復帰の条件について合意に達すれば、いつでも出勤できる態勢にある旨、〈2〉交渉中の「業務命令」は一方的であり直ちに白紙撤回すべき旨、〈3〉同月二五日に受領した昇給分差額合計八〇〇〇円は、無理矢理受領を強制されて受け取ったもので、定期昇給額一〇〇〇円を認めたものではない旨及び平成九年一月の早い時期に団体交渉に応ずべき旨を通告した(〈証拠略〉)。

(八) これに対し、債務者は、債権者に対し、平成九年一月六日付け内容証明郵便をもって、平成八年一二月二一日からの就労を命じたにもかかわらず、現在届出もなく欠勤が続いている旨、債権者が先に新給与及び定期昇給分差額を受領していることから、同月一八日に債務者が提示した労働条件を承諾したものと判断する旨、したがって、この書面到達後も届出なく欠勤が続く場合は就業規則によりしかるべき措置をとらざるを得ない旨通告した(〈証拠略〉)。

(九) 平成九年一月一四日、第三回目の団体交渉が地労委立会いで行われた。債権者側は、債務者が「業務命令」と同月六日付け内容証明郵便の「通知」を撤回又は棚上げして話し合いを続行することを求めるとともに、〈1〉今後の懸案事項は横浜労組と協議決定すること、〈2〉平成八年度の定期昇給分は債務者側の資料等を開示して交渉で決めること、〈3〉平成七年度夏季以降の一時金の支払いは一回払い又は二回払いにすることの三点が合意できれば債権者の職場復帰が可能であると申し入れた。これに対し、債務者は、「業務命令」及び「通知」の撤回又は棚上げには応じられないこと、右〈1〉については、現に協議に応じている旨、〈3〉については、前向きに検討する旨の回答があったが、〈2〉については明確な回答はなく、交渉に大きな前進はみられなかった。そのため、債権者側は、債務者が再度債権者を解雇することもあるものと考え、同月一八日、地労委に対し、労働委員会規則三七条の二の規定に基づき、「債務者は、債権者に対し、平成八年一二月一八日付けでした業務命令及び平成九年一月六日付けでした通知を、当事者間で職場復帰につき合意ができるまでの間、保留すること。債務者は、債権者に対し、本件審査手続が終了するまでの間、右命令・通知に従わないことを理由に解雇等の不利益処分をしてはならない。」との実効確保の措置を勧告するように申し立て、更に、債務者に対し、再度内容証明郵便をもって、〈1〉債権者は、早期の職場復帰を望んでおり、誠意を持って合意形成すること。そのため横浜労組との団体交渉で協議、決定することを確認すること。〈2〉合意形成のため債務者が交渉中に発した「業務命令」及び平成九年一月一六日付けの「内容証明郵便」(右(八)の事実)を白紙に戻すこと。〈3〉平成八年度の昇給について、資料を開示し納得のいく説明を行うと同時に債権者の昇給額を交渉により適正に決定すること。〈4〉平成七年度夏季以降の一時金(四回分)を一回もしくはそれに準じて支払うことの四点を通告した。(〈証拠略〉)

(一〇) 同月二四日は一月分の給与支給日であったことから、債権者は、横浜労組の執行委員とともに甦生病院を訪れた。債務者は、債権者が就労を命じた平成八年一二月二一日以降就労しておらず、その分を有給休暇に充てても足りないので、足りない分は欠勤として扱い給与を支払うことはできないとして、日割計算によりその分を控除した残額の八万六五九〇円を支払おうとした。債権者は、債務者の右の措置を納得せず、受領を拒否した(〈証拠略〉)(ママ)

(一一) 前記実効確保の措置勧告申立てについては、同年二月三日に地労委による調査期日が予定されていたが、債務者は、それに先立ち、同月一日付け内容証明郵便をもって債権者に対し、「就業規則一四条二項、五項の規定により、平成九年一月三一日付けで解雇する」旨の本件解雇の意思表示をし、右意思表示は、二月二日に債権者に到達した(〈証拠略〉)。

2 そこで、債権者が債務者の業務命令にもかかわらず、甦生病院に出勤せず、労務の提供をしなかった行為が、懲戒解雇事由を定めた就業規則一六条〈1〉の「正当な理由がなく、又は、その届出を怠り、連続一四日以上の欠勤をしたとき」に該当するか、否かについて判断する。

(一) 懲戒権は、企業秩序を維持するために、右秩序に違反した被用者に対して制裁を行う使用者の権能であり、使用者が被用者に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能にするための一種の制裁罰であり、被用者は雇用されることによって、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担することになるのは当然のことといわなければならない。

(二) 前記第二の2及び3の事実によると、債権者の債務者に対する労働契約上の地位は、前訴本案事件における債務者の請求認諾が口頭弁論調書に記載された(これにより成立した口頭弁論調書を認諾調書という。)ことにより、その請求の趣旨及び原因で特定された請求を認容する判決が確定したのと同一の結果が生じ、右請求について既判力が生じたものということができる。そして、労働契約は、被用者が使用者に労働力を提供し使用者がこれに対して賃金を支払うことによって成立する双務有償の雇用契約を中核とするものである(雇用契約そのものといっても妨げない。)から、被用者は賃金債権を取得する前提として、自らの労働力を使用者に提供することが契約の要素とされている。したがって、右認諾調書が成立したことにより、債権者が債務者に対して労働契約上の権利を有する地位にあること及び債務者の賃金支払の給付義務が確定されたのであるが、それのみが確定されたとみることは相当ではなく、債権者と債務者との間の労働契約関係の存在が確定されたことにより、労働契約の本旨に従い、債権者において、債務者の求めに応じて労働力を提供すべき義務も同様に確定されたものと解するのが相当である。

(三) しかして、被用者は、特別の事情のない限り使用者に労働力を提供すべき義務を免除されるものではないから、使用者からの就労の求めがあれば、正当な理由のない限り、これを拒否することができないことは当然である。

ところで、欠勤は、労働契約に基づき労働者が負担する労務提供義務の不履行であるから、これによって賃金請求権の不発生、通常解雇等の債務不履行上の効果を生じるのが原則であるが、無届欠勤は使用者が欠勤者の補充等の措置を迅速に講ずることができず、日常の業務の運営や企業活動の維持に少なからず支障を来すことになるから、使用者は、企業秩序維持の観点からこれを懲戒の対象とすることが許されるものというべきである。また、正当な理由のない欠勤は、当該労働者が首肯すべき理由もなく恣意的に欠勤できるとすれば、勤務計画が立てられず、全体としての能率も低下し、他の労働者に過重又は不時の負担を強いることになるばかりか、勤労意欲の減退を招き、ひいては企業秩序を乱し、業務の運営に支障を生じることになるから、これも同様に懲戒の対象とすることが許されるというべきである。

(四) これを本件についてみるに、債務者が債権者に対して平成八年一二月一八日にした同月二一日からの出勤を命じる業務命令は、同月一九日に認諾調書の成立により既判力をもって確定した債務者と債権者との間の労働契約上の使用者としての労務指揮権に基づく有効なものということができるから、債権者は、正当な理由のない限り、これを拒否することはできないというべきである。

(五) そこで、右にいう正当な理由があるか否かについて判断するに、前記認定事実を総合しても、債権者に右業務命令を拒否すべき正当な理由があるとは認めることができない。

債権者は、債権者の職場復帰の前提となる労働条件が債務者の責任で合意されていなかったのであり、このような経緯では就労できないのが当然であるから、右にいう正当な理由があると主張する。しかし、労働条件の細目が未定の状態であったことは確かであるが、債権者の労働契約上の権利を有する地位と債務者の月額三八万〇三七七円(平均賃金相当額)の給付義務が既判力をもって確定されたことは前記のとおりであるところ、交渉の過程で債務者から提示された給与額はそれを若干上回るものであり、債権者も平成八年一二月二五日には同月分の給与として三八万一〇〇〇円を異議なく受領し(同年四月分から一一月分までの昇給差額についは異議を述べている。)、債務者は債権者の社会保険・労働保険の取扱いについては事前に遡り他職員と変わりなく取り扱う旨書面をもって回答しているのであるから(なお、債権者が解雇された当時その手続が現実には行われていなかったからといって、債務者にその意思がなかったと評価することはできない。)、摺り合わせを要する残された主要な問題点は、平成八年度の昇給額と平成七年夏季以降の一時金の支払方法(分割払いか、一括払いか)である。前記認定の経緯に照らせば、これらの主要な問題点の解決は、債権者が就労を開始してから解決を図ることも十分考えられるのである。したがって、労働契約が双務有償の雇用契約を中核とする法律関係であることを考慮すると、この問題が解決するまでは一切勤務に就くことができないとして、業務命令を拒否して就労しないということは、問題解決に至らないことについての責任の所在を論ずるまでもなく、許されないものというべきである。債権者の右主張は採用することができない。

3 次に、債権者の右2の行為から、債権者が解雇事由を定めた就業規則一四条〈2〉及び〈5〉の「勤務成績が著しく不良のとき」又はこれに「準ずる程度の事由があるとき」に該当するか、否かについて判断する。債権者は、債務者に対して労働契約上の権利を有する地位にあることが確定して以来、債務者の就労を命じる業務命令を拒否して、甦生病院に出勤せず、平成八年一二月二一日から平成九年一月三一日までの間、勤務成績を評価すべき労働の実績を何も残していないのであるから、右にいう勤務成績が著しく不良か又はこれに準ずる程度の事由があるときに当たることは明らかである。

二 争点二について

1 解雇権の行使も私権の行使にほかならないから、私権行使の一般原則である信義誠実の原則に従って行使すべきであり、解雇権の行使が権利の濫用に当たる場合は解雇は無効というべきである。そして、労働者に解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるものというべきである。

2 これを本件についてみるに、そもそも本件紛争は、債務者が至恩会経営の甦生病院の経営を引き継ぎ、債権者の労働契約上の地位を否認してその就労を拒否したことが原因で前訴本案事件が提起され、その後に右事件において債権者の請求を認諾したことから生じた問題である。そして、債権者が地労委に対して申し立てた不当労働行為救済申立事件(神労委平成八年(不)第一一号)の救済命令(本件救済命令という。)において、債務者の右就労拒否は解雇に当たると判断されている(〈証拠略〉)ところ、本件救済命令が認定した事実関係を前提とする限り、右判断は相当として是認することができることに加えて、債務者が前訴本案事件において請求を認諾していることを併せると、右就労拒否は解雇に当たると解するのが相当である。そして、右解雇(第一次解雇)が労働組合法七条一号所定の不当労働行為に当たるかどうかは措くとしても、少なくともその解雇が無効であるとして提起された前訴本案事件の請求を債務者が認諾していることを考慮すると、債務者が右解雇について責を負うべき点が何もないとはいえない道理であって、請求認諾後の債権者の職場復帰を巡る混乱の原因と責任の過半は債務者にあるというべきである。

3 しかして、債務者が請求を認諾した後の経緯は先に認定したとおりであって、これらの認定事実によると、債務者が請求を認諾した日の翌日に行われた団体交渉において、債権者側は職場復帰の条件等についての話し合いを求めるともに、平成九年一月二〇日(なお、これは給与計算の初日を誤解したもので、後に一月一六日と訂正された。)から就労したいとの希望を述べており、平成八年一二月二〇日の第二回目の団体交渉においても、条件が整えば一月一六日よりも早く就労してもよい旨の申入れをし、債務者が地労委のあっせんを拒絶した後にも、職場復帰の条件について合意に達すれば、いつでも出勤できる態勢にある旨及び未解決の事項についての団体交渉に早く応ずべき旨を通告しているのである。更に、債権者側は、届出なく欠勤が続く場合は就業規則によりしかるべき措置をとらざるを得ない旨の平成九年一月六日付け内容証明郵便による債務者の通告を受けた後に行われた第三回目の団体交渉においても、懸案事項の横浜労組との協議による解決、平成八年度定期昇給分の債務者側資料による交渉、過去の一時金の一括又は二回分割による支払の三点が合意できれば債権者の職場復帰が可能であると申し入れたが、交渉に大きな前進はみられなかったことから、同月一八日地労委に対し、債権者に対して解雇等の不利益処分をしてはならない等の実効確保の措置を勧告するように申し立てるとともに、債務者に対しても、再度内容証明郵便をもって、早期の職場復帰を望んでおり、誠意を持って合意形成すること等を内容とする通告をしているのである。そして、右の経過を辿ってなされた債務者による本件解雇は、地労委による実効確保の措置の勧告申立てに係る調査期日の二日前に発送された内容証明郵便によりなされたというのであるから、以上の経過を考慮しても、職場復帰を巡る混乱の原因と責任の所在についての当裁判所の前記判断は動かないし、その度合いについての判断も大きく動かすことはできないのである。

そして、債務者としては、債権者が業務命令を拒否して就労しなかったことに正当な理由がないから、労働契約上の債務不履行として、その分に相当する賃金カットをなしうるのであって、債権者の不就労により、職員の補充等の措置を講ずることができなかったとか、勤務計画が立てられなかったあるいは他の労働者に過重又は不時の負担を強いた等の甦生病院の業務の運営に具体的な支障が生じたとの事実を疎明すべき資料のない本件においては、債権者に対し、賃金カットという不就労に相当する不利益を超えて、労働者の収入の途を奪う結果となる解雇をすることは、懲戒解雇事由があるのに敢えて普通解雇を選択してしたことを考慮に容れてもなお、私権行使の一般的原則である信義誠実の原則に従って行使すべき解雇権の行使としては、著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することはできないものというべきである。本件解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効である。(なお、争点としては掲げなかったが、債務者は、本件仮処分申立ては、債務者が前訴本案事件の請求認諾後に本件解雇をしたことを理由として得た、執行力のある認諾調書に基づく強制執行の停止決定に抵触すると主張する。しかし、右主張が理由のないものであることはいうまでもない。)

三 争点三について

債権者は、賃金を唯一の生活の糧とする労働者であるから、平均賃金相当の金員の仮払いを求める本件仮処分の申立ては、平成九年二月二日から本案の第一審判決言渡しの日までについては、その必要性があると認められるが、その余はその必要性がない。

しかし、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める仮処分は、債務者の任意の履行に期待するものにすぎないこと及び労働者にとって最も重要な権利は賃金請求権であるところ、それに相当する金員の仮払いの仮処分が認容されることを考慮すると、その保全の必要性は否定すべきである。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 渡邉等)

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